名古屋高等裁判所 平成7年(ネ)344号 判決 1996年10月16日
平成七年(ネ)第三四四号事件控訴人・同年(ネ)第三四五号事件被控訴人(以下「一審原告」という。)
東海丸万証券株株式会社
(旧商号 丸万証券株式会社)
右代表者代表取締役
奥村雅英
右訴訟代理人弁護士
後藤脩治
同
林輝
同
小栗孝夫
同
小栗厚紀
同
石畔重次
同
長谷川龍伸
同
石原金三
同
石原真二
同
花村淑郁
同
北口雅章
同
杦田勝彦
平成七年(ネ)第三四四号事件被控訴人・同年(ネ)第三四五号事件控訴人(以下「一審被告」という。)
石原知代子こと
朴奉朱
右訴訟代理人弁護士
秋田光治
同
池田桂子
主文
(平成七年(ネ)第三四四号事件について)
一 一審原告の控訴に基づき、原判決中、一審原告敗訴の部分を取り消す。
二 一審被告は、一審原告に対し、金二三七六万六八五九円及びこれに対する平成三年一二月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。
四 この判決の右二項は仮に執行することができる。
(平成七年(ネ)第三四五号事件について)
一 一審被告の本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は、一審被告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 平成七年(ネ)第三四四号事件について
1 一審原告
(一) 原判決中、一審原告敗訴の部分を取り消す。
(二) 一審被告は、一審原告に対し、金二三七六万六八五九円及びこれに対する平成三年一二月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
2 一審被告
控訴棄却の判決を求めた。
二 平成七年(ネ)第三四五号事件について
1 一審被告
(一) 原判決中、一審被告敗訴の部分を取り消す。
(二) (主位的請求)
一審原告は、一審被告に対し、金二三〇一万七〇〇〇円及びこれに対する平成四年二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(予備的請求)
一審原告は、一審被告に対し、金二三〇一万七〇〇〇円及びこれに対する平成四年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。
との判決を求めた。
2 一審原告
控訴棄却の判決を求めた。
第二 事案の概要
一 経緯等
1 一審原告は、有価証券の売買、有価証券の売買等の媒介、取次又は代理、有価証券市場における有価証券の売買等の委託の媒介、取次又は代理等を目的とする株式会社であり、一審被告はその顧客である。
2 一審被告は昭和六三年八月二五日一審原告との間に株式の信用取引を開始した。
右信用取引において、一審被告は一審原告に対し、委託保証金に代わる有価証券を預託していたが、その預託率は、平成二年八月七日には維持率である二〇パーセントを下回り、同年九月にはマイナスになったが、一審原告は、一審被告は一審原告から追証を請求されていたにもかかわらず、委託保証金又はこれに代わる有価証券の追加をせず、また、信用取引における買付代金の貸付金の弁済をしないとして、平成二年一二月二八日から平成三年一月二五日にかけて一審被告の計算において株式を売り付けたところ合計四三六九万六八〇九円の損失を生じ、委託保証金残金、信用取引配当金、代用有価証券の売却代金を充当しても、なお、残額が二三七六万六八五九円となった(事実として争いがない。)。
3 そこで、一審原告は、一審被告に対し、本訴請求として、右損失金二三七六万六八五九円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成三年一二月一六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求した。
4 これに対し、一審被告は、右請求は信義則違反により許されないものであると主張してこれを争い、反訴請求として、一審原告に対し、一審原告の従業員には、遅くとも平成二年九月二六日までには建玉を処分し、代用有価証券の売却等をすべきであったのに、これを怠ったので、信用取引の受託者である顧客に対する善良な管理者としての注意義務に違反する債務不履行があったと主張して、主位的請求として、債務不履行による損害賠償の内金請求として二三〇一万七〇〇〇円と反訴状送達の日の翌日である平成四年二月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的請求として、一審原告の従業員に不法行為があったと主張して、不法行為による損害賠償の内金請求として前記金額と同額の金員と損害発生の日の後である右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
5 原審は、一審原告の一審被告に対する本訴請求は、信義則に反して許されないとして、これを棄却し、一審被告の一審原告に対する反訴請求については、債務不履行も不法行為も認められないとして、これを棄却した。そこで、一審原告と一審被告の双方が、それぞれの敗訴部分について控訴した。
二 当事者の主張等
本件の当事者間に争いのない事実、株式の信用取引に関する法令等の規定、争点及びこれについての当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由欄の第二の一、二に記載のとおりであるから、これを引用する。
(一審原告の主張)
1 原審の信義則の適用の誤りについて
原審は、一審原告の本訴請求を信義則上許されないものであると判断したが、これは、証券取引の本質である「自己責任の原則」に反するものであり、また、事実上、信用取引によって顧客に生じた損失を証券会社に補填させることを容認する結果となる不当なものであり、更に、顧客が建玉の個別売却についてすら消極的であり、手仕舞の指示を一度もせず、むしろ保証金を入金して建玉の維持を求めている状況の下においてさえも、証券会社に強制手仕舞義務があることを認めるという、信用取引の実務に反するものであって、誤りである。
そして、右の判断の誤りは、以下のとおり、その前提となる①一審被告の投資経験、知識、相場観等、その投資家としての属性に関する判断の誤り、及び②一審原告と一審被告間の取引経緯についての誤認に基づくものである。
(一) 一審被告の投資家としての属性について
一審被告は、昭和五九年ころから山一證券で売買回数三〇〇回を超え、売買代金総額一六億円に上る大規模な株式取引を経験し、かつ、同證券において昭和六〇年五月ころから値動きの激しい銘柄を中心とするかなりの規模の信用取引を経験し、日興證券では、売買回数延べ六七回、売買代金総額一億五〇〇〇万円程度のかなりの規模の取引をし、さらに、極めてハイリスク、ハイリターンの商品である、ワラント投資を経験し、昭和六二年二月一日約定の三菱油化ワラントを手始めとして、ヤマハ発動機、キャノン販売、三菱金属、日本ペイント、小野田セメント、日本電池の各ワラントを代金総額二〇〇〇万円余りで購入し、若干の利益をあげたことはあるものの最終的には五〇〇万円以上の損失を被って終了しており、また、材料株中心に有料の投資相談を行っているヤマダ投資顧問株式会社から投資情報の提供を受けており、自らの相場観と判断に基づいて一審原告との取引をしていた者であることは明らかである。
しかるに、原審は、一審被告を信用取引の知識が乏しい者である旨認定しており、一審被告の投資家としての属性に関する判断を誤ったものである。
(二) 一審被告の一審原告との取引の開始について
原審は、一審原告と一審被告間に信用取引が開始されるに至った契機につき、一審原告の津支店の原田支店長と従業員の竹村芳幸(以下「竹村」という。)が一審被告方を訪問して一審被告に対し株式の信用取引を始めるように勧めたことがきっかけで、一審原告と一審被告間に信用取引が開始された旨認定するが、事実は、一審被告は、一審原告津支店の竹村に架電したときから、信用取引をする意向を示していたものであって、右認定は誤りである。一審原告においては、信用取引を希望する顧客に対しては管理職の地位にある者が直接その意思を確認することが内規となっているため、一審被告の意思確認並びに投資経験や知識及び資産状況を判断するため、支店長の原田がわざわざ竹村とともに一審被告方に赴き面談したものである。また、竹村が、同日夜、一審被告とともに津中央郵便局まで愛知製鋼株四万四〇〇〇株を取りに行ったのも、一審被告が一日も早い信用取引の開始を希望したためである。
(三) 取引における男性名義の使用について
原審は、一審被告が信用取引において子である石原康行の名義を使用したことについて、原田らが男性の名を使用することを勧めたためである旨認定しているが、誤認である。
一審被告は、山一證券津支店で信用取引を行うに際しても、自らの石原知代子名義のほか、長男石原弘喜、次男石原康行、三男石原彰久名義をも用いている。また、一審被告は、日興證券四日市支店での取引についても自らの名義のほかに二人の子供の名義を用いている。これらの取引を行うに当たって、一審被告が子供の名義を用いたのは、一審被告に、夫の石原吉晃に内緒にする意図があったためとキャピタルゲイン課税を免れる意図があったためである。
(四) 一審被告の買い付け銘柄について
原審は、一審被告が価格変動の激しいいわゆる仕手株を含む多くの銘柄の株式を売買していることを認定しながら、その多くは、竹村が一審被告に勧めて売買したものであり、東京測範、スターツ、旭精機の三銘柄についてだけは一審被告の側から言って現物を買い付けたものだとの認定をしている。しかし、一審被告が購入した銘柄のほとんどは、一審被告が友人の林恵美子やヤマダ投資顧問株式会社等からの独自の情報を参考にして自らの相場観に基づいて購入したものであり、これらは、一審原告が顧客に対する情報サービスとして発行している「丸万ウィークリー」で紹介している注目銘柄や参考銘柄と、一審被告の買い付け銘柄がほとんど一致していないことからも、明らかである。
2 相殺の抗弁に対する認否
一審被告主張の自働債権の成立を争う。
3 反訴請求の請求原因に対する認否等
一審被告の反訴主位的請求、予備的請求の各請求原因は争う。
竹村が一審被告に対し、追証請求をしていたことは、平成二年八月から同年一二月までに一審被告が入金した信用取引保証金の総額が合計一八五七万二九〇一円に上り、一審被告が現金を入金したのが、平成二年一一月五日の一〇六万円と同年一二月一三日の二〇〇万円の二度あることからも明らかであり、これは一審被告自身が、平成二年一一月上旬、同年一二月中旬においてもなお建玉を維持することを希望し、手仕舞に積極的に反対していたことを意味するものである。
なお、相殺に供した後の残金請求についても争う。
(一審被告の主張)
1 一審原告の当審主張に対する反論
一審原告の当審主張は争う。
なお、一審被告は、山一證券においては担当者の言うなりに、実質一任売買の状態で取引を継続したもので、これによって、信用取引の仕組みを理解したり相場観を取得したりしたことはない。また、ワラント取引の経験があるということは、投資取引について熟知していることを意味するものではなく、投資取引に無知で証券会社に好き放題の取引をさせられていた取引不適格者であることを証明するものである。さらに、ヤマダ投資顧問株式会社からの情報の入手の事実は、一審被告が素人投資家であるために、むしろ、自己の相場観を有していなかったことを示しているというべきである。
2 本訴請求に対する相殺の抗弁
一審原告の請求は、信義則違反により許されないものであるが、仮に、一審原告の本訴請求が認められるとすれば、一審被告は、反訴請求の主位的請求、予備的請求の順に、その債権を自働債権として、本訴請求債権と対当額で相殺するものであり、当審における平成八年六月二六日の第七回口頭弁論期日においてその旨の意思表示をした。
3 反訴主位的請求の原因
(一) 一審原告は、適合性原則に違反して、信用取引の勧誘の対象とすべきではない一審被告を勧誘して信用取引に引きずり込み、本件の信用取引をさせた。このように適合性原則に違反して取引をさせたのであるから、信用取引について十分な対応能力を有しない一審被告の本件取引に関しては、受託者たる一審原告は、信用取引委託契約の当事者として、次の義務を負っている。
(1) 顧客である一審被告の信用取引口座が維持率割れの状況に至った場合には、直ちに追証の納付を請求し、取引が危険な状況に至っていることを知らせ、追証を納付して取引を維持するか、取引を清算するかの判断をする機会を与える義務(追証徴求義務、受託契約準則一三条の八)
(2) さらに、維持率を確定的に割り込み、放置すれば預託保証金額以上の取引損が発生する事態を招来する危険が生じた場合には、建玉を決済し、取引を清算して不測の損害が発生することを防止する清算義務(受託者の善管注意義務ないしは信義則に基づく善処義務)
(3) 必要預託率を割り込んでいる状態で、預託保証金を流用するなど(受託契約準則一三条の六)、不用意に預託保証金が減少する危険を伴う行為を避け、安全に保管する義務(預託保証金を適法に保管する義務)
(二) 一審原告は、右各義務に違反したものであり、第一次的には、右追証徴求義務の履行によって、事態を把握し得るに至った一審被告が直ちに清算処分をなし得た場合に残存し得た金額を、第二次的には、更に、確定的な維持率割れという危機状態に陥って、善管注意義務ないしは信義則に基づいて一審原告が処分清算義務を履行した場合に残存すべき金額を賠償しなければならない。
ところで、一審被告が平成二年九月二六日に有していた現物株は、別紙「現物株売却値段計算表」の「銘柄」欄及び「株数」欄に記載のとおりであり、これらの株式を、一審原告が処分義務に基づいて処分し、又は、一審被告が処分可能となった時期に処分清算した場合に一審被告に残された金額は、同表記載の「差引残高」欄記載の金額となり、損害額は、一審原告が現実に処分清算した結果との差額、すなわち、同表の「最終決済との差額」欄記載の金額となる(なお、この金額が、予備的相殺の主張における自働債権の額である。)。
(三) 一審被告は、一審原告に対し、この債務不履行に基づく損害賠償として、右逸失利益の内金として金二三〇一万七〇〇〇円を請求する(なお、追証徴求義務の不履行のみによる債務不履行による損害賠償の主張は、当審において新たに主張するものである。なお、原審は、右構成による請求のうち、第二次的な処分清算義務を信義則に基づいて認めたもので、その清算義務の発現時期を、預託保証金を清算してゼロになる時点と認定した一部認容判決であるというべきである。)。
4 反訴予備的請求の原因
(一) 主位的主張を構成する一審原告の適合性原則違反による信用取引開始と、その下での追証徴求義務違反行為、善処義務違反行為等の違法放置行為及び預託保証金を違法に流用してなしたNTTの株式の購入は、証券取引法秩序に違反し、不法行為を構成する。一審被告は一審原告に対し、右不法行為により被った損害の内金として請求する。
(二) 一審被告の被った損害額は、第一次的には、追証請求をすべき維持率割れ発生時点において一審原告が一審被告に速やかに追証を請求し、取引状況を説明していたなら、直ちに清算して残存し得た金額である。
なお、維持率割れ後直ちに追証徴求をしなかっただけでは直ちに不法行為に至らないとしても、主位的請求と同様に、追証不請求、清算懈怠という作為義務違反が重なるにつれて違法性の程度が高くなり、また、時期が遅れるにつれて株価の下落が進行して委託者の危険性が増大する分、作為義務が増大し、ひいては、違法性の程度が高くなる関係にある。そして、その違法性が不法行為を構成する程度に至った時点までには清算が行われるべきであるということができるから、その時点における清算後の残金が一審被告の損害というべきである。
(三) なお、仮に、一審原告の本訴請求が認められる場合には、反訴主位的請求債権のうち、前記相殺に供した残債権、反訴二次的請求債権のうち、前記相殺に供した残債権を順次請求する。
第三 証拠関係
原審及び当審の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
一 一審原告の本訴請求債権の存否について
(一) 一審被告が、昭和六三年八月二五日、一審原告との間で株式の信用取引を開始し、委託保証金に代わる有価証券(以下「代用有価証券」という。)として、愛知製鋼の株式四万四〇〇〇株を一審原告に預託したこと、一審被告は、同日、石原康行名義で信用取引口座設定約諾書を作成して一審原告に差し入れ、同人名義で信用取引口座を開設したこと、一審原告は、同月二六日、一審被告のために大阪機工一万株、セッツ八〇〇〇株及び日本特殊陶業八〇〇〇株を買い付けたのを初めとして、以後、一審原告と一審被告との間において株式の信用取引が行われ、一審原告は、その一環として、東京証券取引所又は大阪証券取引所において、一審被告のために株式の売買を行ってきたこと、は当事者間に争いがない。
(二) ところで、顧客が、当該信用取引において、①所定の期限までに、東京証券取引所及び大阪証券取引所の各受託契約準則に定める委託保証金又はこれに代用する有価証券を預託しない場合、及び②顧客が貸付を受けた買付代金を期限までに弁済しない場合などには、証券会社は、信用取引を決済するために、顧客の計算において、売り付け又は買い付けをすることができ、その場合において、証券会社が損害を被ったときは、顧客のために占有する金銭又は有価証券をもって、その損害の賠償に充当し、なお不足があるときは、その不足額の支払を顧客に請求することができることは、東京証券取引所の受託契約準則一三条の九、大阪証券取引所の受託契約準則一〇条の二の定めるところである。
そして、一審原告と一審被告との間の信用取引における預託率が、平成二年八月七日には、維持率である二〇パーセントを下回ることになり、同月二三日には一〇パーセントを下回り、さらに同年九月二八日にはマイナスとなったことは、当事者間に争いがなく、①右のとおり、預託率が維持率を下回り、一審原告から追証の納付を請求されるに至ったにもかかわらず、一審被告が委託保証金を追加して預託せず、②また、買い付け代金の貸付けの弁済期限が到来したのに、一審被告が弁済しなかったことは、後記二1において認定する事実に弁論の全趣旨を総合するとこれを認めることができる。そして、一審原告は、右①及び②を理由として、平成二年一二月二八日から平成三年一月二五日にかけて、原判決別紙1記載のとおり、一審被告の計算において、株式を売り付けた結果、合計四三六九万六八〇九円の損失を生じたこと、そこで、一審原告は、これに委託保証金残金五九万二五四八円、信用取引配当金三万二〇〇〇円及び代用有価証券(NTTの株式二四株)の売却代金一九三〇万五四〇二円を充当したところ、残額が二三七六万六八五九円となったことは、いずれも当事者間に争いがない。
(三) そうすると、一審被告の主張する後記抗弁(信義則違反、相殺)が認められない限り、一審被告は、一審原告に対し、右決済後の残額二三七六万六八五九円及びこれに対する本件記録上本件訴状送達の日の翌日であることが明らかな平成三年一二月一六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負担していることになる。
二 一審被告の抗弁(信義則違反の主張)について
一審被告は、一審原告が、適合性原則に照らして信用取引をするにふさわしくない一審被告を勧誘して信用取引をさせたとの事実を前提として、そのような場合に、一審原告が一審被告に対して負うべき義務(追証徴求義務、受託者の善管注意義務ないし信義則に基づく善処義務、預託保証金を適法に保管する義務)等に違反しているから、一審原告の本訴請求は、信義則に反して許されない旨主張するので、以下検討する。
1 適合性原則違反の主張について
(一) まず、当裁判所も、一般的には、証券会社は、一般投資家保護の見地から、投資者に対して証券投資を勧誘するに際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に適合した投資が行われるよう配慮(いわゆる適合性原則に基づく配慮)をすることを要すると考えるが、その理由は、原判決の事実及び理由欄の第三の二1(一)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(二) そこで、右の見地に立脚して、一審被告の経歴、投資に関する経験、一審被告の一審原告との間の信用取引の開始とその後の信用取引の経緯について検討するに、右各事実に関し当裁判所が認定するところは、次のとおり付加・訂正するほか、原判決の事実及び理由欄の第三の一の1、2に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決一七頁七行目「証人竹村芳幸、同原田晶久、被告本人」を「甲六九の一ないし四六、甲七〇の一ないし一〇、甲七一の一ないし三二、甲七二の一ないし三、甲七三の一ないし四、甲七四の一ないし七、甲七五の一ないし六、甲七六の一ないし二三、甲七九、甲八〇の一ないし四、乙八〇ないし八四、原審証人竹村芳幸、同原田晶久、当審証人加藤七朗、原審及び当審における一審被告本人」と改める。
(2) 同一八頁三行目「行っていた。」から同八行目「行っていた。」までを「行っていたが、同證券における取引は、売買回数が延べ三百回を超え、売買代金の合計金額も一六億円を上回る大規模なものであり、また、信用取引についても、いわゆる仕手株及び材料株を含めその取引回数は延べ五六回に上り、これによれば、一審被告の信用取引の経験の程度は、未だ乏しいとは、到底言い得ない段階に達していたと見られる(なお、一審被告は、原審において、右信用取引においては、専ら山一證券の担当者に勧められるままに売買を行っていたので経験を積んだことにはならない旨述べているが、それにしてはその取引回数及び金額が過大であること等の前記認定事実に照らし、たやすく信用することはできない。)。また、一審被告は、日興證券株式会社(以下「日興證券」という。)四日市支店とも株式取引を行った経験があり、その取引規模は、売買回数にして延べ六七回、売買代金総額にして約一億五〇〇〇万円に達するかなりの規模のものであったのであり、さらに同證券においては、代金総額二〇〇〇万円余りの三菱油化、ヤマハ発動機、キャノン販売等のワラントを購入し、若干の利益を上げたものもあるが、最終的には五〇〇万円以上の損失を被っている。そして、その他、岡三証券株式会社、野村證券株式会社とも取引を行った経験を有している(なお、岡三証券株式会社における信用取引の有無は定かではない。)。この外、一審被告は、投資顧問会社であるヤマダ投資顧問株式会社との間において、少なくとも平成元年二月二四日から同年八月二四日までは契約資産額五〇〇万円の電話会員(会費三〇万円)、平成元年九月八日から平成二年九月八日までは契約資産額九〇〇万円の電話会員(会費五〇万円)となって、それぞれ右の会費を支払うことにより、株式投資につき電話による指導助言及び材料株を中心とする銘柄の推奨等を受け、自己の株式取引の参考にしていた。」と改める。
(3) 同一〇ないし一一行目の「取引をしたい」を「信用取引をしたいなど」と改め、同一三行目「訪問し、」の次に「同人らも」を加え、同一九頁二行目「原田」から同四行目「勧め」までを削除する。
(4) 同一九頁一二行目「その後」から同二〇頁二行目末尾までを「その後の信用取引の過程で、一審被告は、価格変動の激しい、いわゆる仕手株を含む多くの銘柄の株式を売買しているが、その内の東京測量模範、スターツ、旭精機の三銘柄については、一審被告の方から銘柄を指定して現物を買い付け、代用有価証券として一審原告に預託したものである。」と改め、同五行目「買い付けたものである」の次に「(一審被告は、当審及び原審において右三銘柄以外の株式は、竹村の勧めるがままに売買したものである旨供述するが、一審被告が、少なくとも平成元年二月以降ヤマダ投資顧問株式会社との投資指導を受けていたこと及び右銘柄のほとんどが「丸万ウィークリー(一審原告発行)」紙上で一審原告が紹介している注目銘柄や参考銘柄とほとんど一致していない事実に照らし、それだけでは、右事実を認定するには至らない。)」を加える。
(5) 同二〇頁一二行目「証人竹村芳幸、同原田晶久、同間瀬肇、被告本人」を「甲二四の七、甲二四の二七、原審証人竹村芳幸、同原田晶久、同間瀬肇、当審証人加藤七朗、原審及び当審における一審被告本人」と改め、同二一頁一行目「(一)」の次に「上昇を続けていた平均株価は、平成元年末ころをピークに下がり始め、平成二年一一月末ころには大暴落し、その後も下降傾向は一向に改まらなかった。ところで、」を加え、同二三頁一一行目「同月七日には、」を「同月五日には委託保証金として現金一〇六万円を入金し、同月七日には、」と、同二五頁二行目から四行目までを、「一審被告は、竹村に対し、株式相場の暴落によって被った損失の穴埋めを考えるように求めていたところ、竹村が何とか損失を回復するように努力するから委託保証金(追証分)を入れて欲しいと答えたので、同月一三日には、委託保証金(追証分)として現金二〇〇万円を入金した。」とそれぞれ改める。
(6) 同二五頁五行目から同七行目「被告の承諾を得た。」までを、「(七)一審被告において竹村に対し、現在の枠の範囲内で損失を回復する方法を考えてくれるよう再三にわたり求めていたところ、同年一二月一七日、原田と竹村が一審被告を訪問し、損失の回復策として代用有価証券として一審原告に預けている東京測範の株式から、資産株でNTTの株式に買い換えてはどうか、本店の情報銘柄であるからNTTの株式は年末年始には三割ぐらい上がる可能性がある旨述べて、一審被告が代用有価証券として一審原告に株券を預託している株式をすべて処分してNTTの株式を買うことを勧めたところ、一審被告は、半信半疑で、もし下がったらどうするのですかと発問したりしたが、原田支店長や竹村の説明を聞くうち、一審被告のために本店が用意してくれた情報銘柄であって上がるのではないかとの判断をして、これを承諾した。(一審被告は、原審及び当審において、原田と竹村が、右同日、一審被告を訪問し、一審被告に対し、「NTTの株式は年末年始に必ず三割上がる。」と断言した旨の供述をするが、右供述部分は、原審証人原田晶久、同竹村芳幸の反対趣旨の供述があることも考慮すると、それだけでは採用しがたいものである。)」と、同一二行目を「(八)NTTの株式の価格は、一時上昇し、平成三年三月一三日には一株一一三万円になったものの、その後下落したことから、一審被告の預託率が最終的に回復することはなく、前記のとおり、一審原告から一審被告に請求すべき損失だけが残ることになった。」とそれぞれ改める。
(三) そこで、右認定の事実関係等に基づき、いわゆる適合性原則上、一審被告が信用取引から排除されるべきであったといえるか、との点について検討する。
(1) 一審被告の資力の点について
証拠(甲二〇の一ないし四、同二一の一、二、同二八、同六一、同六二、乙五五、同六二、原審及び当審における一審被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、昭和六三年八月当時、一審被告は、前記の愛知製鋼の株式四万四〇〇〇株(当時の時価にして、三一四六万円)を有していたほか、岡三証券に時価にして五、六〇〇万円の株式を預けていたこと、住所地所在の自宅の建物について持分二分の一を有していたほか、他にも土地を所有しており、さらに、約三〇〇〇万円の預貯金を管理していたこと、夫である石原吉晃の経営する会社から、取締役報酬として月額約三〇万円の支給を受けていた(もっとも、実際に取締役としての仕事はしていなかった)ことが認められる。これらの事実からすると、一審被告が、その資力の点から見て、信用取引をするのにふさわしくない者ということはできない。
(2) 一審被告の株式投資に関する経験、知識等について
次に、前記認定事実によれば、一審被告は、昭和五九年ころから山一證券で株式の取引を行い、その取引回数が三〇〇回を超える多数回のもので、売買代金総額も一六億円を上回るものであったこと、昭和六〇年五月からは、山一證券においていわゆる仕手株及び材料株を含む株式の信用取引も行っていること、日興證券四日市支店においては、売買回数延べ六七回、売買代金総額一億五〇〇〇万円程度のかなりの規模の取引をし、また、買付代金総額約二〇〇〇万円のワラントを購入し、多少の利益を得たものの、最終的に約五〇〇万円の損失を被って終了していること、その他の証券会社とも取引した経験があることからすれば、一審被告は、一審原告との取引に入る前に相当回数の株式取引等(信用取引を含む。)を行って、その仕組みや危険性についての知識を十分に習得する機会があったものというべきであるから、当時一審被告が主婦であったことを考慮に入れても、なお、その知識が十分ではなかったとは断じ難く、そうだとすると、一審被告が自ら信用取引に入ろうとする意向を示しているときに、適合性原則に照らし、一審原告においてそれに応ずべきではなかった、とまではいえないというべきである。
この点に関し、一審被告は、山一證券における信用取引は一審被告にはその認識がなかった、ワラントの取引は、その内容も知らされないまま、素人投資家として被害にあったに過ぎない旨主張し、原審及び当審における一審被告の本人供述中には、右主張に沿う供述部分があるが、一審被告の投資経験の期間が長く、投資の規模が大きく、取引をした証券会社が複数にのぼっていること、山一證券における取引株がいわゆる仕手株とか材料株といわれるものが多いこと等に照らして、容易に信用できるものではない。
(四) そうすると、一審被告の資力・知識・投資経験等の属性に照らし、一審原告が一審被告と信用取引を開始したこと自体が、いわゆる適合性の原則に反するとする一審被告の主張は、その前提を欠き、採用することができない。
2 一審原告が追証徴求等の義務に違反したとの主張について
(一) 一審被告は、一審原告が、適合性原則に違反して、一審被告を信用取引に引きずり込み本件取引をさせたとの事実を前提として、このような場合、一審原告には、信用取引委託契約の当事者として、①顧客である一審被告の信用取引口座が維持率割れの状況に至った場合には、直ちに一審被告に追証の納付を請求し、取引が危険な状況に至っていることを知らせ、追証を納付して取引を維持するか、取引を清算するかの判断をする機会を与える義務(追証徴求義務)、②更に、維持率を確定的に割り込み、放置すれば預託保証金額以上の取引損が発生する事態を招来する危険が生じた場合には、建玉を決済し、取引を清算して、一審被告に不測の損害が発生することを防止する清算義務(受託者の善管注意義務ないしは信義則に基づく善処義務)、③必要預託率を割り込んでいる状態で、預託保証金を流用するなど、不用意に預託保証金が減少する危険を伴う行為を避け、これを安全に保管する義務(預託保証金を適法に保管する義務)がある旨主張し、かつ、一審原告が右の各義務に違反したものである旨主張する。
しかしながら、既に見たとおり、一審原告が適合性の原則に反して、一審被告を本件信用取引に引きずり込んだとの事実が認められないのであるから、一審被告の右主張は、まず、その前提を欠き失当であるだけでなく、右主張の内容を個別的に検討しても、以下に述べるとおり、一審被告主張の義務の存在ないしは義務違反の事実は認められないというべきである。
(二) 追証徴求違反の存否について
一審被告は、顧客の信用取引口座が維持率割れの状況に至った場合には、直ちに追証の納付を請求し、取引が危険な状態に至っていることを知らせ、追証を納付して取引を維持するか、取引を清算するかの判断をする機会を与える義務(追証徴求義務)がある旨主張するが、受託契約準則一三条の八は「会員は、…受入保証金の総額が、当該顧客の信用取引にかかる有価証券の約定価額に一〇〇分の二〇を乗じた額を下ることとなったときは、当該約定価額に一〇〇分の二〇を乗じた額を維持するに必要な額を委託保証金として当該顧客からその損失計算が生じた日の翌々日正午までに追加差入れさせなければならない。」としているのであって、必ずしも顧客の利益を擁護するために、顧客の信用取引口座が維持率割れの状況に至った場合に、顧客に直ちに追証の納付を請求し、取引が危険な状況に至っていることを知らせ、追証を納付して取引を維持するか、取引を清算するかの判断をする機会を与える義務があるとしているのではないから、受託契約準則一三条の八から直ちに一審原告に一審被告の主張する追証徴求義務があるとすることはできない。また、仮に、一審被告主張のとおり追証を徴求することにより委託保証金の預託率が維持率割れの状態に陥っていることを一審被告に伝えるべき義務があるとしても、本件においては、前述のとおり、竹村は、一審被告の預託率が維持率を下回ることとなった際には、維持率を回復し取引の継続を図るために、一審被告に対し、枠が足りない等の表現を使って、維持率割れの状態に陥っていることを伝え、株式の売却、株式の現引き、投資信託の受益金の委託保証金への入金、保証金の追加入金を提案し、その承諾を得て処理したこと、その努力にもかかわらず、当時の株価の下落の幅が大きく、右の対応によっては、維持率の回復が得られなかったとの事情が認められることに照らすと、いまだ一審原告に一審被告主張の右義務違反の事実があったものということはできない。
(三) 清算義務(建玉手仕舞い義務)違反の存否について
(1) 一審被告は、遅くとも平成二年九月二六日には、一審原告の従業員において、建玉を処分するとともに、代用有価証券を売却して、一審被告にそれ以上の損失が生じないような措置を講じる義務があったと主張する。
しかしながら、信用取引の建玉の手仕舞いに関し、前記受託契約準則の規定(顧客が所定の期限までに定められた委託保証金の預託をしない場合には、証券会社は、信用取引を決済するために、顧客の計算において、売付け又は買付けをすることができる旨の規定)が存在するが、右規定は、委託者が委託保証金を預託する義務を履行しない場合に、これによって証券会社が損害を被ることを防止するために、証券会社に建玉の処分権限を付与したものと解すべきものであり、顧客を保護するとの見地から、顧客の計算において建玉を処分する義務を証券会社に課したものと解することはできない。また、一般に、証券会社は、顧客から株式売買の委託を受けた場合にはじめて、顧客の指図に従って、顧客の計算で株式の売買を行うことができるものであるから、顧客の委託がなく、また契約上特段の定めないのに、たとえ顧客の損失を避けるためであっても、信用取引の建玉の手仕舞いをなすべき契約上の義務を証券会社において当然に負う、と解することもできない。
(2) この点について、一審被告は、一般投資家(消費者)保護の見地から、一審被告の主張する一定の場合には、右の法理を修正し、一審原告と一審被告間における継続的な信用取引契約における信義則上の義務として、信用取引の建玉の手仕舞いをなすべき義務が生じると解すべきである旨主張しているものと解されるところ、仮にそのような配慮を要する事例があることは肯定するとしても、本件においては、一審被告主張の前提事実自体が認められないことは前記のとおりである。
また、前記認定事実によれば、平成二年九月二六日の時点では、一審被告において建玉の処分を希望した事実はなく、むしろ、前記認定事実によれば、竹村が預託率を回復するために同年一〇月中に何度か一審被告に対し、建玉を処分するように勧めたにもかかわらず、一審被告は、「岡三証券の担当者は、そのようなことを言ってこない。」などと述べて不満をあらわにし、これに応じなかったことからすれば、一審被告としては、当時相場の回復を期待して建玉の維持を望む気持ちが強かったことは明らかである。そうすると、仮に、一審被告の右解釈を是とするときは、一審原告は、本件のように一審被告の希望に反する場合でも、建玉の手仕舞いを強行しなければ、一審被告に対する義務を尽くしたことにはならず、一審被告に対して損害賠償義務を負担しなければならないという結果となるが、対等の契約当事者であることを前提とする信義則上の義務として、そのような義務を一審原告に課することが解釈上相当でないことは明らかである。
(3) そうすると、一審原告に、本件信用取引における建玉の清算義務(建玉手仕舞い義務)があるとする一審被告の主張は理由がない。
(四) 預託保証金を安全に保管する義務に違反したとの主張について
一審被告は、一審原告には、必要預託率を割り込んでいる状態で、預託保証金を流用するなど、不用意に預託保証金が減少する危険を伴う行為を避け、安全に保管する義務(預託保証金を適法に保管する義務)がある旨主張するが、受託契約準則一三条の六においても、(2)号において、当該顧客が委託補償金として差し入れている金銭又は有価証券を当該金銭又は有価証券に相当する金額又は有価証券に差し換えることを認めている趣旨からすると、前述のように、一審被告の承諾を得て、代用有価証券を他の有価証券に換えた本件の場合においては、一審被告の主張するように、必要預託率を割り込んでいる状態で、預託保証金を流用するなど(受託契約準則一三条の六)、不用意に預託保証金が減少する危険を伴う行為をしたものに当たるとはいえないのであるから、一審被告主張の預託保証金を適法に保管する義務についての違反もないというほかはない。
(五) よって、この点に関する一審被告の主張も採用できない。
3 断定的判断の提供について
一審被告は、一審原告の従業員原田と竹村が、平成二年一二月一七日に、一審被告を訪問し、一審被告に対し、「NTTの株式は年末年始に必ず三割上がる」と断言して、代用有価証券をすべて処分してNTTの株式を買うことを勧めた際には、断定的判断を提供したものであるから違法である旨主張するが、右当日における原田と竹村の発言中、NTTの株式の値上がりの可能性について述べた部分はあるものの、値上がりを断定したとまでは認められないことは前記認定のとおりであるから、断定的判断の提供による違法をいう一審被告の主張は採用できない(なお、証拠(甲四の二六、甲二四の七、甲二四の二七、原審証人竹村芳幸)によれば、売却した東京測範の株価の値下がりがNTTの株式の株価の値下がりよりも急激であることが窺われることに照らしても、右のNTTの株式の購入により一審被告が損失を被ったとの事実が一義的に認められるものではない。また、一審被告本人は、原審において、平成二年一月に東海パルプの株式を買い付けた際にも、竹村が断定的判断を提供したかのような供述をするが、この供述のみでは、いまだ、竹村が断定的判断を提供したとまでは認められない。)。
4 その他の主張について
(一) 一審被告は、一審原告の従業員が、一審被告に対し、代用有価証券を預託させたこと及び委託保証金の限度一杯まで取引をさせたことは適切でない旨主張するが、当裁判所も一審被告の右主張は直ちには採用できないと判断するものであって、その理由は、原判決の事実及び理由欄の第三の二1(二)④に記載のとおりであるから、これを引用する。
(二) 取引株式について
なお、一審被告の取引した株式の中に、いわゆる仕手株といわれる株式を含む株式があったところ、一審被告は、一審原告の従業員が家庭の主婦である一審被告に、このような危険な株を推奨したことは不当である旨の主張をする。
しかしながら、前記認定事実によれば、一審被告は、一審原告と取引を開始する前から、山一證券との信用取引において仕手株・材料株の取引を行っていたものである上、遅くとも平成元年二月以降からは、投資顧問会社であるヤマダ投資顧問株式会社に合計八〇万円もの会費を払って電話会員となり、株式投資につき電話による指導助言及び材料株を中心とする銘柄の推奨を受け、信用取引の際の株式選択の参考にし、一審原告の従業員の推奨によらずに自己の判断で取得したものもあるというのであるから、一審被告のそのような積極的な投資態度からすれば、一審原告による仕手株の推奨は、むしろ、一審被告の希望に合致したものと見られないことはなく、また、右事実によれば、一審被告が、一審原告の従業員に勧められるがままに、その危険性も知らずに、仕手株に手を出したものとは到底言えないことも明らかである。
そうすると、一審被告の右主張は、採用の限りではない。
5 以上の検討の結果を総合すれば、一審原告が一審被告との間に行った信用取引に関し、一審原告の行為中に信義に反する点があったとは認めることができない。
三 一審被告の抗弁(相殺)について
一審被告は、一審原告の請求債権が認められるとすれば、一審被告の反訴請求における主位的請求、予備的請求の損害賠償債権を自働債権として、一審原告の債権と相殺するとの意思表示をした旨主張する。
しかしながら、右に述べたところから、一審被告の反訴請求における主位的請求の債権、二次的請求の債権の成立が認められないこともまた明らかであるから、一審被告の相殺の抗弁は理由がない。
四 本訴請求についての結論
以上によれば、一審原告の本訴請求は理由があるから認容すべきである。
五 反訴請求についての結論
反訴請求がいずれも理由がないことは、二、三項において本訴抗弁について判断したとおりである。
第五 結論
よって、原判決中、一審原告の請求を棄却した部分は不当であるから、一審原告の控訴に基づき、これを取り消した上、一審原告の請求を認容することとし、一審被告の請求を棄却した部分は相当であって、一審被告の控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九五条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官渡辺剛男 裁判官菅英昇 裁判官加藤幸雄は差し支えにつき、署名捺印することができない。裁判長裁判官渡辺剛男)
別紙現物株売却値段計算表<省略>